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2016/1/16 埼玉古墳群

天気が良い日はぶらりと散歩へ。
自転車に乗るにはちょっと寒い…
なので前から行ってみようと思っていた埼玉古墳と忍城あたりをブラブラしようと
高崎線に乗って北鴻巣駅まで。
北鴻巣駅からさきたま緑道を5kmほど歩けば埼玉古墳群に到着します。

埼玉古墳群は1992年の5月の連休に行ったきり。
尾崎豊が自殺した翌週に行った、気がする。
そのときにこの道を通った記憶はあるけれど
こんな道だったかなぁ…
忍川の護岸工事で景色が変わったのか記憶違いか。
自分の記憶なんてあまり当てにならないしなぁ。

そんなわけで9時30分に北鴻巣駅を出発。
30分ほど歩いたら「石田堤」という看板が見えてきたのでちょっと寄り道。

DSC_3419.jpg

石田堤は忍城の戦いで水攻めの際に石田三成が築いた堤。
「のぼうの城」で見た。
戦国時代の知識がイマイチ薄い…「信長の野望」しっかりやっておくべきだったなぁ
実際見てみると、高さは1m~1.5mくらいの土盛ですね。
まぁこれを5日で築くのもすごいけど。
そこからさきたま緑道に戻って更に30分ほど歩いたらさきたま古墳公園に到着。
およそ1時間ですね。
子供の頃はもっと時間が掛かった気がするけどそんなもんか。

最初に見えるのは「奥の山古墳」。
6世紀中頃に築かれた前方後円墳。

DSC_3423.jpg

古墳巡りは後回し、まずは目的地の前玉神社へ参拝します。

DSC_3428.jpg

■前玉神社■
 祭神:前玉彦命  前玉比売命
 創建:不詳
社名の「前玉」は、「埼玉」の地名の語源とのこと。
古墳群の中にある神社というだけあって
神社自体も浅間塚古墳の上に鎮座しています。
「浅間塚」とあるように江戸時代に富士講が栄えました、
サキタマの「サキ」は岬に通じ、「タマ」は鉄のこと、となると
古墳時代の関東平野の水上交易港の名残となるか。
大型古墳群に交易の影あり、です。
大型河川の近くに多いのは、
ただの墳墓というだけではなく船乗りの目印となる灯台的な役割があったのではないかと
最近思っていますが、祭祀遺跡としての研究しか進んでいないのがなぁ。

境内には飼い猫が4匹いるようで戯れて遊ぶ。
飼い猫だけあって人懐っこい。
社務所でご朱印をお願いしている時も
日向ぼっこしている別の猫。
この猫もまったく逃げる気配なし。いいこだ。

DSC_3434.jpg

ご朱印は宮司さんが外出していたようで書置き。
最近は書置きでも頂けるだけ有り難いと思うようになってきました。

H28011601前玉神社

さて、鎮守のお参りも済んだことですし、古墳公園散策。
続いては二子山古墳。
昔はこの公園、こんなに整備されていたっけなぁ…
二子山古墳は埼玉最大の前方後円墳で以前は堀に水が張っていましたが
今は古墳整備工事中らしく水は抜かれていました。

DSC_3438.jpg

将軍山古墳は前方後円墳で
横穴式石室から馬冑や多くの副葬品が見つかり、
今は展示館も設置されています。

DSC_3440.jpg

入館料は200円とのことですが、隣接する博物館でも使えるというので入館。
客は自分一人でした、まぁ公園全体を見渡してもそんなに人はいなかったし。
高齢層が散歩に来てはいたけれど。
館内には石室が再現され、レプリカもある。

DSC_3443.jpg

面白いことに石室には房州石が使われていたということ。
房州石は千葉県房総半島で採れる石材なので
1500年ほど前に房総半島から石を運んで来たことが分かる。

稲荷山古墳は5世紀後半に造られた前方後円墳で一番古い。
この古墳から国宝・金錯銘鉄剣を含む副葬品が発見されました。
稲荷山古墳は上まで登れる様に整備されています。

DSC_3448.jpg

丸墓山古墳は、直径105m、日本最大の円墳として有名です。
日本最大のものが埼玉にあるというのもなんとも不思議。
一際大きいこの円墳は忍城を攻める際、石田堤の一部として利用され
石田軍の陣が敷かれたそうです。
なるほど、忍城が見えて行田の街を一望できます。

DSC_3452.jpg

公園内には寺院もありました。

DSC_3458.jpg

■海東山 天祥寺■
 本尊:釈迦牟尼世尊
 宗派:臨済宗妙心寺派
 創建:1823年
奥平松平家の菩提寺で、桑名藩より忍藩へ移封された際に移転されました。
ご朱印は頂けるようですがどなたも居られなかった(気がする
檀家寺でご朱印をお願いするのは未だに躊躇います…

折角、将軍山古墳展示館に入ったので
さきたま史跡の博物館にも入館。
国宝・金錯銘鉄剣の他、副葬品や出土品が多数展示されています。
写真撮影がOKというのも珍しい。

DSC_3463.jpg

一頻り古墳群散策も終えたので忍川を越えて市街地へ。
まずは佐間口の高源寺にお参り。

DSC_3467.jpg

■天真山 高源寺■
 本尊:正観音
 宗派:臨済宗円覚寺派
 創建:1590年
佐間口の地は忍城の戦いで特に激しい攻防戦が繰広げられた地で、
成田家家老正木利英が戦後に豊臣方、成田方双方の戦死者を弔うため建立されました。
「のぼうの城」で正木利英は佐藤浩市が演じてましたね。
映画を見るまで忍城に興味なかったというか、行田にそんなに興味もなかった(失礼
お参りを済まして寺務所へ向かうと門の隙間から猫が見える…
飼い猫だろうか、すぐに逃げられてしまった。

H28011601高源寺

道を挟んで佐間天神社にもお参り。

DSC_3474.jpg

■佐間天神社■
 祭神:菅原道真公
 創建:1478年頃
忍城主の成田氏が忍城築城の際に創建。
本殿には正木利英のスタンプが置いてあるが
社務所は不在のよう、ご朱印頂けず。

県道77号を進んでいくと行田八幡神社の看板が見える。

DSC_3476.jpg

■行田八幡神社■
 祭神:誉田別尊
 創建:不詳
源頼義・義家が、奥州討伐の際当地に滞陣、戦勝を祈願して佐間田中に勧請したとされる。
後に忍城主・成田長泰が当地付近へ当社を遷座、城下総鎮守となりました。
今は「封じの宮」として知られ、
虫封じ、癌封じ等、祈祷をしているようです。
自分がお参りしたときも数組待機していました。
ご朱印は3種類。
神社のものと目の神社と忍城下七福神の大国主。
七福神は今日の目的ではないので神社のものと目の神社を頂きました。
どこでもなんでもかんでも全部頂くことはしない信条。
一気に全種類頂いてしまうと再拝する気が落ちるので。

H28011602行田八幡神社

H28011603行田八幡神社目の神社

続いて目指すは行田院。
地名の付いた寺院には惹かれます。

DSC_3481.jpg

■亀通山 行田院大長寺■
 本尊:釈迦如来三尊仏
 宗派:浄土宗
 創建:元亀・天正年間(1570~1592)
忍藩主阿部家の菩提寺でした。
本堂の写真は撮り忘れ…
ご朱印は一風変わった可愛らしいモノになっています。
ご朱印をお願いしたタイミングがちょうど昼食の時間で
住職に悪いことをしてしまった。。
12時から13時の間は避けるのも大人のマナーです。

H28011602行田院

国道125号を道なりに行けば忍城址に着きます。

DSC_3486.jpg

廃藩置県で廃城が決定したものの取り壊すにも金がかかり、
入札による売却が決定し、解体されたそうな。
解体後も部分的に売却されて
「うちの家には忍城のどこそこが使われている」なんていう
地元の家もあったそうです。
加須の不動ヶ岡不動尊總願寺の黒門もそのひとつ。
まだ行ったことがないので今度行ってみよう。
そんなわけで今ある忍城は近年復興されたもの。
内部は郷土博物館になっています。

と、城址を散策し、目指すは忍東照宮。

DSC_3488.jpg

■忍東照宮■
 祭神:徳川家康公、松平忠明命
 創建:1823年
奥平松平氏が桑名から忍藩に移封されたことにより
忍城内に遷座したことから始まる。
家康公のほか、奥平松平家の祖・松平忠明も祭られています。
ご朱印を頂く際に福豆も頂きました。
節分の時期はこんなこともありますね。

H28011604忍東照宮

この日の目的地は概ね回れたので高崎線のJR行田駅まで歩く。
結構距離があったなぁ。
この日の歩数は30690歩でおよそ19km。
帰ったら2.5キロ落ちていたけど、酒で戻す。

翌日、背中をストレッチしたら驚くほど大きい骨の鳴る音がし、
そのまま数分痛みで蹲り、
医者に行ったところ背中の筋肉が肉離れを起こしているとのことでした。
日頃の不摂生と、老化を感じざるを得ない今日この頃です。
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[ 2016年01月24日 21:53 ] カテゴリ:散歩 | TB(0) | CM(0)


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