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【25/06/01】蚕養国神社

飯盛山から西へ1キロほど走ると蚕養国神社があります。

14:38 蚕養国神社到着


H25060104蚕養国神社

■蚕養国神社
創建:811年
祭神:保食大神 稚産霊大神 天照大御神

811年に勧請され、1011年に県令だった石部少将道秀らによって社殿が造営された神社です。
その後、兵火で社殿が消失し衰退しますが、
会津藩初代藩主保科正之によりを復興され、社殿を造営、
1807年、再び社殿が火災にあい消失しますが、
1819年、8代藩主・松平容敬が再建されました。
祭神の保食神は穀物の神、同じ食物神である宇迦之御魂神とも同一視されることもあります。
また「ウケ」という名から、豊受大神とも同一視されます。
保食神に関してはややこしいし、考察は前にもやった気がするので割愛。
稚産霊大神も穀物の生育を司る神です。
記紀では伊邪那美命が火の神・火之迦具土神を生んで火傷をしたあとに
生まれた神様で、食物を生じる神として描かれています。
日本書紀では生まれたとき、神の頭の上に蚕と桑が生じたことから
養蚕の神としても崇められています。
養蚕の神と言ったら木花開耶姫命をイメージしてしまいますが
稚産霊大神を養蚕の神として奉じる神社も多いようです。
どこが違うのか、ちょっとわからないですね。
木花開咲耶姫命は秦氏の流れを汲む印象があるので、
それとは違う養蚕技術の流れがあるのだろうか…
ちなみに少し調べてみると、会津は養蚕の盛んな地域だったようですね。
うちの祖父の家も昔は2階が蚕部屋で
副業に蚕を飼っていたそうです。
農家の得られる貴重な現金収入源として
蚕は重宝されたようですね。

DSC_7838.jpg

境内には樹齢900年以上のご神木の桜の木があり、
幹が立派でしばし見入ってしまいました。
震災の影響で社務所と拝殿の一部に影響があったようで
復興の寄付を募っていました。
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[ 2014年01月19日 19:45 ] カテゴリ:神社 | TB(0) | CM(0)
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