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【25/2/9】仏法紹隆寺

頼岳寺をお参りし道なりに上諏訪駅を目指す。
途中、頼重院をお参りしたけど誰もおらず。
読んで字の如く、諏訪頼重の菩提寺。
諏訪頼重は諏訪に侵攻してきた武田信玄に滅ぼされ、
戦国時代の諏訪氏は終焉を迎えます。
武田家と諏訪家は長く抗戦を続けたものの親の代の
武田信虎と諏訪頼満によって和睦されましたが、
信玄の代に再び侵攻されてしまいました。
諏訪への信仰の篤かった信玄は諏訪の祭祀を蔑ろにし
戦に没頭した頼重が気に入らなかったとか何とか。ほんとかな。

さて、目指すは仏法紹隆寺。
今回の諏訪旅行で一番行ってみたかった寺院。
諏訪大社よりここが行きたかったのですw

H25020904仏法紹隆寺

■鼈澤荘厳山 大虚空蔵院 仏法紹隆寺
創建:806年
宗派:新義真言宗
本尊:薬師如来

創建は古く、征夷大将軍の坂上田村麿が諏訪大明神へ蝦夷征伐の
戦勝報告の際に、「神宮寺」と共に開基されたとのこと。
その後に空海が入山し、神宮寺を諏訪での真言宗の布教の寺、
仏法紹隆寺を修行の寺として差別化されていきました。
戦国時代までは諏訪大社の別当として、
江戸時代は諏訪高島藩の祈願寺として篤い信仰を受けました。
明治になると廃仏毀釈によって神宮寺は取り壊されましたが
神宮寺内の仏像は仏法紹隆寺に運び込まれて安置されているそうです。
諏訪大明神の本地仏である普賢菩薩像もこちらに。
普賢菩薩像は本堂ではなく、新たに設けられた
普賢堂内に安置されています。
さすがに拝めませんでしたw

ちなみに神宮寺時代にあった普賢菩薩像は
武田家へ侵攻した織田信長によって破壊されてしまったそうで
残された像の台座の白像部分は戦国時代以前のものだが
像自体は以後のものであるとのこと。
信長はいろんなところで文化財を壊してるなぁ。。
仏法紹隆寺には両部大曼荼羅も納められているみたいだけど
どういったものなんだろうなー
自分の上社が胎蔵界、下社が金剛界説を裏付けたいw
(まぁ逆かもしれないけど
普賢菩薩は金剛薩埵、密教の第二祖とされるほどなので
真言宗の中では大日如来を祀る高野山に次ぐNo2的ポジションとして
大事に扱った、のかな。

DSC_3699.jpg

境内に入ると2本の大きな銀杏が。
樹齢は300年ほどとか。
雌雄一対なのか、結構銀杏が落ちているw
お堂をお参り。
地紋は四つ足の梶の葉紋なので上社かな。
社務所でご朱印をお願いすると快諾いただく。
ここもご朱印を頂ける情報がなかったのでよかった。

ご朱印を頂いているうちに境内を散策。
鼈澤荘厳山というだけあって手水に亀が。
また、庭が有名ということなので庭を拝見。。
がしかし雪が積もりすぎで楽しめずw
「暖かい時期にまたいらっしゃってください」と言われてしまったので
また機会があれば伺おう。
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[ 2013年02月28日 00:09 ] カテゴリ:寺院 | TB(0) | CM(0)
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