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【25/5/2】般若寺

さて、東海道旅も最終日の5月2日です。
この日は大阪の知り合いの家に遊びに行って、
翌日帰る予定。
なので京都から大阪までのサイクリングがてら寺社巡り。

7時半にチェックアウトして駅前の手荷物預かり所で自転車を回収して出発。
ただ大阪の知人宅に向かうだけならば淀川沿いに大阪に出るのが楽なのですが、
以前にそのルートを走ったことがある。
ので、折角だし奈良経由で京都へ行ってみよう!
興福寺が1300年記念のご朱印帳を入手したいし。

京都駅から国道24号を南下して木津川沿いを走ります。
前に宇治まで自転車で走ったので途中までは同じ道。

09:30 木津川市入り。

約2時間、黙々と走りました。
交通量が多くてちょっとひやひや。。
距離的には25キロくらい。

10:03 奈良県入り。

木津川市の州見台というところを通って奈良県へ。
国道24号から途中で剃れてこっちのルートを使うと
東大寺の目の前に到着できるっていう便利な道。
とはいえ、県境は基本山や峠、川を越えることが多く
ここも「台」とつくように峠のようなつくりにはなっています。
そんなに激しい坂ではないけど、消耗しますw
県境を越えて坂道を下ると東大寺の屋根が見えてきます。
東大寺でかいんだなぁ…

そのままいっきに下ろうと思ったら「般若寺」の看板が見えたので
お参りに寄ってみよう。

10:16 般若寺到着。

京都駅から奈良まで、自分の足で3時間かからないですね。
40キロ弱と言ったところ。

H25050201般若寺

■法性山般若寺
創建:629年(伝)
宗派:真言律宗
本尊:文殊菩薩

コスモス寺とも呼ばれ、境内にはコスモスだけではなく多くの花が咲いています。
般若寺の創建事情や時期については正史に記載がなく、
創立者についても諸説あって、正確なところは不明。
正史にない寺社って創造力を描き立てられますね。
寺伝では、
629年、高句麗の僧・慧灌の創建としており、
「上宮聖徳法王帝説」では
654年、蘇我日向臣が孝徳天皇の病気平癒のため創建したともいわれています。
ただし、蘇我日向は九州の筑紫宰をしていたこともあり
筑紫般若寺の創建のことを指しているとも言われるため、
寺伝であった可能性も高いですね。
629年といったら舒明天皇が即位した年。
仏教伝来が538年or552年なので仏教が公式に伝えられてから
まだ1世紀経っていない黎明期ですね。
この時代は大陸から多くの文化人が来日し、
技術や学問が流入した頃なので
高句麗からの使者として、慧灌が来日したのかな。
625年、高句麗王の授けにより来日し、三論宗を伝え、勅命により元興寺に住した僧です。
この元興寺は、まだ飛鳥時代のことなので法興寺、つまり今の飛鳥寺のことかな。
飛鳥寺は蘇我氏の氏寺、蘇我氏が大陸との他方向外交をしていた証ですね。
735年、聖武天皇が伽藍を建立し、十三重石塔を建てて天皇自筆の大般若経を安置したとのことですが
裏付ける資料はないとのこと。
平安時代末期には既に廃寺寸前で、鎌倉時代に中興するも、
戦国時代には1490年に火災で焼失、
1567年、東大寺大仏殿の戦いでの松永久秀の兵火によって主要伽藍を焼失し、
明治の廃仏毀釈でも甚大な被害を受けて、第2次大戦が終わるまでは荒れ果て、
戦後に本堂などの整備がされて今に至るとのこと。

つまり創建から今に至るまで、史料が少ない寺院ということですw

DSC_6940.jpg

実際に境内は奈良の他の寺院に比べると少し寂しげ。
そこが逆にコスモスや野草を際立たせる感じもします。
参拝客も自分を含め数人しか居らず、静かでゆっくり参拝できました。
拝観料は300円だったかな。
本堂に入ることもでき、そこで200円払うと中の仏様も拝めます。
重文の秘仏・阿弥陀如来像の特別拝観期間だったようで
白鳳時代の貴重な仏像を間近で拝むことが出来ました。

この旅で個人的には一番好きな寺院です。
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[ 2014年01月05日 20:54 ] カテゴリ:寺院 | TB(0) | CM(0)
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